スピードを必要とする分子 - 世界最小の自動車レースは真空中で

スピードを必要とする分子 - 世界最小の自動車レースは真空中で

ナノカーは、非常に小さく、わずか1つの分子で構成されています。数週間前にフランスのトゥールーズで行われたこの「レーシングカー」によるレースは、超真空かつ絶対零度に近い温度という過酷な条件下で実施されました。
03_NanoCar.jpg

このレースには、鳴り響くエンジン音も、危険な追い越し運転も、熱狂的なスピードもありません。時速何キロメートルという世界ではなく、ナノメートル単位の世界です。しかしながら、この小さな参加者同士の戦いには独自のおもしろさがあります。ここでは、一つひとつの分子、原子、素粒子を制御しなければなりません。

真空による自由な走行

ここで使用するレースコースの長さは数百ナノメートルで、純金製です。さらに、ナノレースは超低温下で行われます。レース参加者がレースコースに沿って走行できるようにするためには、分子自体の動きを最小限に抑える必要があります。そのため液体窒素とヘリウムを使用してレースコースをマイナス269℃にまで冷却します。絶対零度に近いため、自発的な動きはほぼありません。

ナノカーが自由に走行できるようにするには、異物の原子をレースコースから一切排除する必要があります。大気中の酸素の分子1個など、最低レベルの汚染であっても、ナノカーをコースアウトさせる恐れがあります。これらの条件を整えるために、レースは超真空の中で行われます。ターボ分子ポンプおよびイオンゲッター真空ポンプを利用して、圧力を10-11mbarまで下げます。

道路標識としての原子

純金のレースコースは、レースの前に徹底的に清掃されます。滑らかなトラックを作るために、表面にイオンを浴びせてから加熱します。その後、ナノサイエンスの専門科学者が金の原子を一つひとつ追加して、このトラックの走行コースをマーキングしていきます。

次の課題は、ナノカーを壊さずにコースに置くというプロセスです。このために、ナノカーは予備チャンバー内で蒸発するまで加熱されます。その後、金のレースコース表面に付着した分子から、レースに適した候補を選択します。

トンネル電流を利用して検出

この小さなナノカーは、それぞれが人間の髪の毛の直径の10万分の1ほどの大きさであり、光学顕微鏡では光の波長が大きすぎるため見ることができません。そのため、研究者のチームは、走査型トンネル顕微鏡を使用してレースの成り行きを追跡します。このツールでは、先端部がわずか1個の原子でできている導電性の探針が、わずか数ナノメートル間隔の格子を描くようにトラック表面上で移動します。

探針の先端と調査対象物は決して接触しませんが、低い電圧をかけると、量子力学の法則に従ってトンネル電流が生じます。この電流は、調査対象物と探針の距離に大きく左右されます。金箔をスキャニングする場合、その距離と電流が常に一定になるよう、先端が正確に制御されます。これにより科学者は、ナノカーの形状描画と併せて、レースコースの表面の形状を観察することができます。

ゴールまで8時間

実際には、研究者らは探針を使ってレーシングカーを視覚化するだけでなく、その動きの制御も行います。さらに、トンネル電流も利用します。トゥールーズでは、これを利用しエレクトロンを追加することで、レーシングカーのエネルギーレベルを上げました。このエネルギーは、すぐに再放出され、移動力に変換されました。別のレーシングチームは、電極の静電反発力を利用してナノカーを前進させました。

探針の先端を用いて、ゴールまでナノカーを機械的に進ませることもできますが、レース中、そのような操作が認められるのは相当な緊急事態の場合に限られます。優勝したスイスのチームは、この種の操作を行う必要がありませんでした。"Swiss Nano Dragster"と名付けれられたスイスチームのナノカ―は、時速12ナノメートルという記録的な速さで、約8時間後に、最も早くゴールラインを超えました。通常のカーレースと同じように、優勝チームはシャンパンファイトで勝利を祝いました。

ブッシュの真空技術は、世界中の研究施設で利用されています。若い研究者や開発者を支援するために、ブッシュは、真空技術を提供することで、大学や学生のワークグループを後援しています。


ナノカーのコンポーネントとして許可されているのは、約100個の原子のみですが、組み立て方法や外観には厳密な仕様がありません。

ホバークラフト原理の勝利

6つの研究者チームが用意した車体は、多様性に富んでいました。フランス、米国、および米国とオーストラリアの共同チームのナノカーは、見慣れた四輪の車のような外見でした。一方、日本のナノカーは骨のような形で、ドイツのナノカーは風車のような構造のものでした。優勝したバーゼル大学のデザインは、ホバークラフトの原理に則ったものです。平らな分子は、Y字型に配置された4個のカーボンリングで構成されています。この構造のエンジンは3つの炭素原子で構成され、フロントスポイラーとしてメチル基が使用されています。ただし、バーゼルのナノサイエンス研究チームは、このナノカーレースに参加するために特別にこの分子を開発した訳ではありません。スイスチームによる日々の研究において、"Swiss Nano Dragster"は、有機太陽電池の構成要素として役目を担っています。


ニュースレター「World of Vacuum」の配信をお申し込みください。
真空に関する最新のニュースを見逃さないよう、今すぐ配信登録をしましょう。

購読